LoveLove世界遺産~旅行先は見たい世界遺産で決めよう~

2018年4月に世界遺産検定2級合格したことをきっかけに始めました。日本・世界各国の世界遺産を取り上げるブログです。国内・海外旅行で「どこに行こうか迷う。決め手が欲しい」そんなときの参考にどうぞ!

日本の世界遺産11・姫路城(1)

日本の城好きなら世界遺産だからという理由は関係なく、誰しも知っているであろう名城。

兵庫県姫路市にある姫路城を今回は取り上げます。

熊本城が震災で破損していることもあり、日本国内の世界遺産は文化遺産は特に警戒して守っていかなければいけないわけですが、最近は天災より人災のほうが物騒、という残念な感じもします。

遺産を残し引き継いでいくのは今を生きてるわたしたちしかできないわけで、壊すのはカンタンですが、守るのはその数十倍の労苦が必要です。

 

というわけでさっそく見ていきましょう。

姫路城は日本木造城郭建築の最高傑作といわれています。

城郭としての起源は、南北朝時代の1346年に赤松貞範が築いた砦であると伝えられています。

16世紀末に羽柴秀吉はこの城を毛利氏攻略の拠点に定め、新たに3層の天守閣を建造しました。

1600年の関が原の戦いの後、城主となった池田輝政は9年間にも及ぶ大改修を実施し、姫路城の特徴でもある外観五層の大天守を中心とする天守群を築きました。

つづく本多忠政の時代には、長男の忠刻とその妻の千姫が住居とした西の丸も整備されています。

 

姫路城は、白漆喰の総塗籠の外壁が魅せる優美な姿から「白鷺城」とも呼ばれます。

その一方できわめて実用的で堅牢な城でもあり、らせん状に構築された複雑で巧妙な縄張り、姫山と呼ばれる自然の丘の地形をたくみに利用した曲輪や堀、数多く配された櫓や門などによって、高い防御力を兼ね備えています。

 

また城の内側には内部から弓矢や鉄砲を撃ちかけるための狭間、石や熱湯を浴びせかける石落としなどの設計が随所に施されています。

1615年の一国一城令、明治維新に際しての廃城令、そして第二次大戦の戦火も免れ、江戸時代初期の姿をほぼそのままに留めています。

 

1956年から8年間に及んだ「昭和の大修理」では、天守閣の解体工事が行われ、かつてのままの美しい姿を残しています。

近年では2009年から15年にかけて大天守の屋根瓦などの保存修理事業が行われ、修復を行いながら「真正性」を保つという保存の仕方も評価されています。

 

次回も引き続き姫路城についてみていきます。

令和最初の夏休み、お盆ともに暑いですががんばっていきましょう!