LoveLove世界遺産~旅行先は見たい世界遺産で決めよう~

2018年4月に世界遺産検定2級合格したことをきっかけに始めました。日本・世界各国の世界遺産を取り上げるブログです。国内・海外旅行で「どこに行こうか迷う。決め手が欲しい」そんなときの参考にどうぞ!

ナマハゲなど「来訪神」が、ユネスコ無形文化遺産登録へ。

世界遺産の基礎知識でもご紹介している「無形文化遺産」。

まだ確定ではありませんが、日本でおなじみのナマハゲをはじめとした、日本各地の文化が無形文化遺産に登録される運びとなりそうです。

長崎のキリシタン関連に続いて、今年は承認が多いのはうれしいのですが、鎌倉をなんとかしてほしいなと思います。

とはいえ、世界遺産に登録されたらされたで観光客だらけになってしまうので、それはそれで困りものではありますが・・・

 

以下ニュース引用です。朝日新聞デジタルより。

 

 文化庁は24日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に推薦している「男鹿のナマハゲ」(秋田県)など「来訪神(らいほうしん) 仮面・仮装の神々」について、事前審査をしていた評価機関が「登録」を勧告したと発表した。評価機関の登録勧告が覆った例はないといい、11月末からモーリシャスである政府間委員会で正式に決まる見通し。

 

 無形文化遺産は芸能や祭り、社会的慣習、伝統工芸技術などが対象。ナマハゲや「能登のアマメハギ」(石川県輪島市・能登町)、「宮古島のパーントゥ」(沖縄県宮古島市)など東北から沖縄まで8県の10の行事からなる。

 無形文化遺産は世界で399件あり、同じ分野での単独登録は難しくなっている。政府は2009年に登録されていた「甑島(こしきじま)のトシドン」(鹿児島県薩摩川内市)を広げる形で、仮面・仮装の異形の姿をした者が「来訪神」として家々を訪れ、怠け者を戒めたり人々に幸福をもたらしたりする行事をひとまとめにして登録を目指した。16年3月に提案書を提出したが、登録件数の少ない国からの提案を優先するユネスコの規定に基づき昨年は審査が見送られていた。日本では能楽や歌舞伎、和食、和紙など21件が登録されている。

日本の世界遺産2・日光の社寺(1)

皆さんは、「神仏習合」ということばをご存知でしょうか?

日本古来の自然崇拝から生まれた神道と大陸から伝来した仏教が融合した、日本独自の信仰ですが、その霊場が日光山にあります。

今回は日本の世界遺産2として、「日光の社寺」についてみていきましょう。

 

東照宮と、東照宮以外の神道の建造物の総称である二荒山神社、そして仏教関連の建造物を総称する輪王寺の2社1寺に属する103棟の建造物群と周辺の自然環境が、登録されています。

 

神仏習合の霊場である日光山の始まりは、修験者の勝道上人が開山した8世紀末にさかのぼります。

室町時代には、数百の僧坊が立ち並ぶ霊場としてにぎわいを見せましたが、豊臣秀吉の時代になって対立したことによって衰退しました。

 

その後、江戸時代に入り、徳川家康の側近で、小説などでは「明智光秀が実は生きていた」として使われる題材にもなっている僧・天海が家康の神霊をまつるため、日光山に東照宮の前身となる東照社を建設しました。

この際、天海は荒廃していた寺社の再興にも尽力。日光は徳川幕府の聖地として再び信仰を集めることになりました。

 

東照社はその後3代将軍・家光の代になって1年5ヶ月に及ぶ「寛永の大造替(だいぞうたい)」によって大改修を受けることにより、現在のような権現作りを主体とする姿となりました。

 

参考までに現在の呼び名でもある東照宮という名は、1645年に快勝されました。

この大造替で陽明門や三猿で知られる神厩舎(しんきゅうしゃ)など、当時最高の技術を用いた芸術性の高い建造物が作られました。

陽明門は中でも東照宮を代表する建造物で、高さ11.1m、横幅7mの大きさを誇り、なんと500もの彫刻でいろどられています。

 

次回はもう一方の「二荒山神社」についてみていきます。

日光についてくわしく知りたいあなたはこちらからご確認ください。

www.travel.co.jp

日本の世界遺産1・平泉(2)

間隔が空いてしまいましたが、平泉編の続編です。

今回は浄土思想について考えていきましょう。

 

浄土思想は日本人の死生観の醸成に重要な役割を果たしました。

当時の建築や庭園にもその思想は現れており、金色堂は阿弥陀如来の仏国土(浄土)を表現した仏堂建築であり、自然崇拝と仏教の融合は、庭園設計と造園によっ仏国土を現世に創り上げるという、日本独自の方法を編み出しました。

 

建築・庭園群の理念や意匠などには、浄土が三次元的に表現され、浄土思想を直接的に反映しています。

また、宗教儀式や民族芸能などの無形の諸要素も受け継がれています。

 

仏教とともに伽藍造営や作庭の技術も伝来しましたが、これが日本古来の水辺の祭祀場における水景の理念と結びついたことによって、日本独自の浄土庭園を完成させました。

これは、東アジアにおける建築・作庭技術の価値観の交流もあらわしています。

 

世界遺産を構成している平泉の主な建物は以下の通りです。

 

・中尊寺

・毛越寺

・観自在王院跡

・無量光院跡

・金鶏山

 

海外旅行もいいけれど、国内旅行も長崎・熊本のキリシタン関連施設が世界遺産登録された2018年だけに、魅力は盛りだくさんですよ!

自分が生まれた国を知らずして世界を語るなかれ!

 

楽天会員の方はポイントもつきますのでぜひ国内旅行の選択肢のひとつして、奥州・平泉も検討してみてくださいね!

次回は日本の世界遺産2として「日光」を取り上げます!次回もご期待ください!

 

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日本の世界遺産1・平泉(1)

今回から日本の世界遺産について取り上げていきます。

第一弾は奥州・平泉を取り上げます。

 

浄土思想の宇宙観をあらわす庭園と建築が売りの平泉。

中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山の5資産からなる「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群ー」は、この地の豪族であった奥州藤原氏ゆかりの遺産。

東北に極楽浄土を創りあげようとした藤原清衡の思いが代々受け継がれ、11世紀後半から12世紀後半の約100年間にわたり、平泉は文化の隆盛を誇りました。

藤原清衡は堀河天皇の勅命を受けて中尊寺を再興し、金色堂を建立した。

2代目基衡は毛越寺を再興。観自在王院は基衡の妻が建立し、無量光院は3代秀衡が造営しています。

 

藤原氏は政治の主体が貴族政治から武家政治へ転換していく時代の中、奥州で産出される金の力を背景に、軍事に頼らない平和的な政治をこの地に実現させた。

この遺産は、平泉が東北地方の行政の中心地であり、さらには京都と肩を並べるほどの都市であったことを今に伝えています。

 

次回は浄土思想についてくわしく見ていきます。

平泉に興味がわいたあなたは、こちらから平泉について確認してみてください。

hiraizumi.or.jp

世界遺産の基礎知識15・無形文化遺産・世界の記憶とは?

今回で「世界遺産の基礎知識」は最終回。次回からは実際に世界各地、日本各地の世界遺産を中心に取り上げていきます。

 

今回取り上げるのは二つのキーワード。無形文化遺産、世界の記憶、についてです。

 

さっそくみていきましょう。

 

ユネスコが主催する事業として、不動産を保護する世界遺産とは別に、口承による伝統や表現、伝統芸能や祭礼、慣習、工芸技術などの無形の遺産を保護する「無形文化遺産」と、書物や楽譜、手紙などの記録物を保護する「世界の記憶」があります。

 

「無形文化遺産」は2003年にユネスコで採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」に基づき「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されている遺産で、存続の危機にあるものは別に「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表」がつくられています。

 

日本からは「人形浄瑠璃文学」や「歌舞伎」「能楽」「山・鉾・屋台」などが代表一覧に登録されています。

「世界の記憶」は、1992年にユネスコが立ち上げた「世界の記憶」プログラムにより登録されている遺産で、ユネスコではデジタル化を用いて保存し、一般への公開も進められています。

日本からは「山本作兵衛の筑豊炭鉱画」「慶長遣欧使節関連資料」などが登録されています。

 

次回からかは世界遺産ニュースはじめ、いよいよ世界各地の世界遺産を取り上げます。

とりあえずは日本からスタートを予定しています。

次回もお楽しみに!

 

 

世界遺産の基礎知識14・危機遺産とは何か?

世界遺産リストに記載されている遺産が、自然災害や紛争、戦争による遺産そのものの破壊、都市開発や観光開発による景観破壊、密漁や違法伐採による環境破壊などの重大かつ明確な危険にさらされている場合、「危機遺産リスト」に登録されます。

 

危機遺産とは「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に記載されている遺産のことで、世界で最初の世界遺産が誕生した翌年の1979年には、地震の被害を受けたモンテネグロの『コトルの文化歴史地域と自然』が初めて危機遺産リストに登録された。

 

危機遺産リストに登録された場合、遺産の保有国は保全計画の作成と実行が求められます。その際には、世界遺産基金の活用や各国の政府、民間機関などからの財政的・技術的援助を受けることが可能になります。

 

世界遺産の顕著な普遍的価値が損なわれたと判断された場合は、世界遺産リストから抹消されることもあります。2007年にオマーンの『アラビアオリックスの保護地区』が、2009年にドイツの『ドレスデン・エルベ渓谷』が、それぞれ世界遺産リストから抹消されています。

 

次回は世界遺産の基礎知識最終回になります。

無形文化遺産、世界の記憶についてみていきます。

世界遺産の基礎知識13・世界遺産と観光&トランスバウンダリー・サイト/シリアル・ノミネーション・サイトについて。

前回予告どおり、今回は2つのテーマから世界遺産について考えていきましょう。

まずはこちらから。

 

トランスバウンダリー・サイトシリアル・ノミネーション・サイトについてです。

トランスバウンダリー・サイトとは、国境を越える遺産という意味で、国境線を越えて多国間に広がる自然遺産を登録する際に考え出されたものです。

文化遺産でも、かつてひとつの文化圏であった地域が、国境で分断されてしまうことがあり、そうした遺産を保護するにあたってこの概念が用いられます。

 

主な遺産では、オランダとドイツ、デンマークにまたがる自然遺産の「ワッデン海」、ベルギーとフランスにまたがる文化遺産「ベルギーとフランスの鐘楼群」などがこれにあたります。

 

続いて、シリアル・ノミネーション・サイトですが、連続性のある遺産という意味で、文化や歴史的背景、自然環境などが共通する遺産を、ひとつの遺産として顕著な普遍的価値を有するものとみなし登録するもの。

文化遺産では中国の「福建土楼群」、自然遺産ではロシアの「カムチャッカ火山群」などがこれにあたります。

 

またそれぞれの遺産が国境を越えて存在する場合は、トランスバウンダリー・サイトとなります。

 

続いてのテーマは「世界遺産と観光」です。

 

有名な観光名所の多くは、世界遺産に登録されています。

世界遺産と観光は切り離すことができない関係にあるわけです。

世界遺産登録され世界中から人々が訪れることが、ユネスコが謳う「相互理解」や「多文化理解」につながっている反面、遺産を保護・保全し次の世代へと引き継いでいく世界遺産の考え方と、従来の観光とのあり方には相容れない点もあります。

 

文化遺産の場合、人々の生活と密着した旧市街や伝統的集落、現在も信仰の対象となっている教会や寺院など、観光客が訪れることによって生活文化や信仰形態が乱されることが少なからずあり、「世界遺産観光」のマイナス面も指摘されています。

 

また、自然遺産の場合は、手付かずの自然を保ってきた場所に観光客が訪れることによって、外来種の問題や自然自体を傷つける環境破壊、ゴミやトイレ問題など、取り返しのつかない事態になることもあり、より深刻となっています。

 

こうした問題は、「観光」自体が悪いわけではもちろんなく、世界遺産の価値を守りながら観光を行う方法が世界遺産登録前に十分に考えられてこなかったという、準備不足によるものが大きいです。

世界遺産の価値を守ることが、観光資源としての世界遺産の勝ちにつながっている点を考慮し、エコツーリズムなどの持続可能な観光を今後も目指す必要があります。

 

次回は遺産の価値が損なわれると判断された場合にリスト化されている「危機遺産」について考えていきます。